僕の畏敬していた先輩の彼女は変な人だった。
先輩は僕のオカルト道の師匠であったが、彼曰く
「俺よりすごい」
仮にAさんとするが、学部はたしか文学部で、学科は忘れてしまった。
大学に入ったはじめの頃に、AさんとサークルBOXで2人きりになったことがあった。
美人ではあるが表情にとぼしくて、何を考えているかわからない人だったので、僕ははっきり言ってこの人が苦手だった。
ノートパソコンで何か書いていたかと思うと、急に顔を上げて変なことを言った。
「文字がね、口に入ってくるのよ」
『ハア?』
「時々夜文章書いてると、書いた文字が浮き上がって、私の口に入りこんでくるのよ」
「は、はあ」
な、何?この人。
「わかる?それが止らないのね。書いた分より多いのよ。いつまでも口に入りつづけるのよ。そのあいだ口を閉じられないの。私はそれが一番怖い」
真剣な顔をして言うのだ。
当時は電波なんて言葉は流通してなかったが、モロに電波だった。
しかし、ただのキチガイでもなかった。
頭は半端じゃなく切れた。
師匠がやり込められるのを度々見ることがあった。
Aさんはカンも鋭くて、バスが遅れることを言い当てたり、
「テレビのチャンネルを変えろ」
というので変えると、巨人の松井がホームランを打つところだったりしたことがしばしばだった。
ある時、師匠になにげなく
「Aさんってなんなんですかねー」
と言ってみると、
「エドガーケイシーって知ってるか?」
と言う。
「もちろん知ってますよ。予知夢だか催眠状態だかで色々言い当てる人でしょ」
「それ。たぶん、Aも」
「どういうことですか」
「あいつの寝てるところを見せてやりてえよ。怖いぞ」
どう怖いのかよくわからなかったが、はぐらかされた。
「エドガーケイシーはちょっと専門外だが、やつみたいな後天的ショックじゃなく、Aはおそらく先天的な体質だ」
「予知夢見るわけですか?」
「よく分らん。起きてるのかどうかも分らん。ただ、あたりもするし外れもする。お前が金縛り中にみるっていう擬似体験に近いのかもしれん」
僕は金縛り中に『起きたつもりがまたベットの中』という、わりによく聞く現象にしばしばあっていたのだが、それが時に長時間、ひどい時は丸1日生活したあげく巻き戻るということがあり、自分でも高校時代に金縛りノートを作って研究していた。
師匠がそのノートをやたら気に入り、くれくれうるさいのであげてしまっていた。
今思うと、Aさんの体質を調べる資料として欲しがったのではないだろうか。
「先輩はAさんを一人じめしてるわけですか」
師匠はニヤっと笑って、懐からフロッピーを出して振ってみせた。
それはタイミングが良すぎたのでたぶんハッタリだが、師匠がなんらかの形でAさんファイルみたいなものを作っていたのは間違いない。
そんなことよりも僕がぞっとしたのは、Aさんが卒業する時、『洪水に気をつけろ』みたいなことを僕に言ったことだ。
そのことをすっかり忘れていたが、僕は就職に失敗して今田舎に帰っているのだが、実家はモロに南海大地震が来たら水没しかねない立地条件にあるのだ。
次の南海地震の死者は県内で最大3万人と最近の推計が出ている。
勘弁してくれ。
マジで怖い。
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