姉がある少年漫画にはまった。
明治時代を舞台とした剣客漫画だった。

「男は優しいのが一番」

そう言って憚らなかった姉は、優しげなその漫画の主人公に夢中になった。
そんな姉が結婚することになった。

姉が家に連れてきた男は、善良なのと誠実なのと努力家なのが売り、といった風な、平々凡々とした男だった。
それだけなら俺は何も言わなかった。

彼の苗字は、姉が夢中になった主人公と同じだったのだ。
だが俺は何も言わなかった。

姉の望み通り、男はいかにも優しそうだった。
俺の考え過ぎだろうと思った、そう思いたかった。




そんな姉に子供が出来た。
男の子だという。
不吉な考えが頭をよぎった。

『まさか姉は、漫画の主人公と同じ名前を息子に付ける気ではないか?』

考え過ぎだろうと思った。
姉だって馬鹿じゃない、そんなことはしないだろうと思った。
主人公は人切りだ、自分の子にそんな名前はつけやしないだろうと思った。

だが姉は馬鹿だった。
御七夜に大々的に発表された甥の名は、見事に人切りの主人公の名前だった。

俺は何もしなかった自分を呪った。
俺が止めていれば、或いは甥の名は…

甥は今年四歳になる。
甥は髪を長く伸ばされ、後ろで括らされている。

幼稚園に入ったら、剣道を習わされることになっている。
その内甥の髪は、赤茶色に染められるだろう。

最早俺に出来ることは、姉が甥の頬に刀傷をつけぬよう監視することだけだ。
甥よ、無力な俺を許してくれ…
何が怖いって、姉が怖い。