23の時に娘を産んだ。
夫は3歳年上。
父親が娘に甘いのは仕方ないのかも知れないけど、私がしようとしている躾をことどこく邪魔する男だった。

例えば「食事の間はちゃんとイスに座って食べましょう」「イスの上に立ったりしてはいけません」みたいな当たり前のことや「お友達のおもちゃで遊びたい時は順番を守るか、貸してください」ってちゃんと言いましょう。
「貸してもらったらお礼を言いましょう」みたいなこと。

だけど夫は、まだ小さいんだから物事の善悪なんて分からないんだし、今は自由にのびのびさせようって人。
自由にのびのびは私も賛成だけど、それはそれ、これはこれ。
って感じで躾を巡っていつも衝突していた。
当然娘は甘い父親に懐き、私のことを睨むまでになった。

娘が小6の時、今度は万引きで捕まった。
初犯だからとお店の人が警察には届けずに済ませてくれたが、謝る時も帰路でもずっと仏頂面。

家に帰って娘を怒鳴りつけた。
が、娘は謝るどころかそっぽを向いて口笛を吹いたんだ。

それで思わず娘の頬を叩いた。
あの時は本当に心から娘に腹が立った。

娘はそのことを父親に告げ口し、女の子の顔を叩くとは何事かと頬を何発も叩かれ倒れ込んだところを蹴りを入れられた。
十月十日大事に大事にお腹の中で育てて、自分で産んだ娘なのにその日から全く可愛いと思えなくなった。

夫のことも信頼も愛情もなにもなくなって離婚を申し出た。
親権も放棄した。

娘はパパとふたりの生活になることを喜び、憎しみの籠った目を向けてきた。
夫も私が居なくなることに何の感情もわかないようだった。
離婚手続きはスムーズに進んだ。



私は従姉を頼って上京し、従姉が経営する店で働いていた時に知り合った男性とすべて理解してくれた上で再婚。
翌年女の子を産んだが、夫婦同じ感覚と価値観での子育てがこんなに幸せな時間だとは。
非情だと言われるかも知れないが、置いてきた元娘の存在を思い出すことも無くなっていた。

再婚して10数年経った頃、突然置いてきた元娘が訪ねてきた。(戸籍の附票で調べたそうだ)
父親が亡くなり、現在バイトで食いつないでるそうだ。
父親の保険は解約されていて尚も借金があったそうで生活の面倒を見てくれとの用件。

昔の面影を探すのに困るぐらいぶくぶくに太った、我が娘ながら醜い姿に驚愕。
私はわざと部屋に通した。

うちの娘はバレエをやっているので手足が長く姿勢もいい。
親の贔屓目もあるんだろうが、可愛らしい顔立ちもしている。
その娘の発表会の写真を飾ったサイドボードの前に案内して

「流れる血の半分の差でずいぶん違うね」

って言ってやった。

「面倒見て欲しいってどういうこと?まさかそんなみっともない容姿で妹と一緒に暮らしたいとか思わないよね?」

って言ってやった。

「お金が欲しいの?だったらお金をくださいの前に言うことがたくさんあるよね?」

とも言ってやった。
そしたらあの時と同じ憎しみの籠った目で睨み、黙って帰って行った。

一体何をしにきたのか。
久しぶりの再会に肩を抱いて泣くとでも?
馬鹿馬鹿しい。

以来一切何の連絡も無かったが、半年ほど経って自殺したと連絡があった。
連絡は元義妹から。
元夫に妹がいたことも忘れていた。

「離婚したって母親なんだからお前が始末しろ」

と言ってきた。
元娘にどんな交流があったかも何も知らないし分からないので葬儀はしなかった。

元夫の骨壺もそのまま部屋に置きっぱなしだったので、一緒に宅配便で送骨した。
罰当たりと言われても結構。
現夫には一応相談した。

「後悔しないのなら好きにすればいい」

と言ってくれた。
その時に初めて知ったが、元夫が一度だけ現夫にお金の無心に来ていたらしい。
一銭も渡さず怒鳴り返したと聞いて呆れたが、内心では笑っていた。

死ぬ前に元娘が会いに来たことは話していない。
その日の出来事は墓場まで持っていくつもり。

今手元にいる娘は文字通り宝物。
この子の為なら死んでもいいとすら思える。
同じ娘なのに、この感情の差はなんだろうと不思議な感覚もあるが鬼と言われようが、大切な娘に将来的な不安の種が無くなったことで安心したと言うのが本音。