今は退職して何十年も経ったが、昔、母は小学校教師だった。
母は私や兄に

「教師は女の仕事としては最高の仕事だ」

といつも言っていた。
その『最高の仕事をしている自分』にものすごいプライドを持っていた。

ある時、その最高話にウンザリした兄が

「女性のお医者さんや弁護士や大学教授もいるよ」

と言ったら、母は

「それは例外でそんな人はあまり居ない、普通の仕事では最高なんだ」

と怒鳴った。
兄が

「普通は普通で、最高とは違う物だ」

と言った瞬間、兄は母に殴られていた。
目が吊り上がって顔が真っ赤な母に

「お前もそう思うか?」

と聞かれた私は兄を裏切るわけもいかないけれど、殴られたくないのでどうしてよいか分からず即答できなかった。
再度

「お前はどう思うんだ!」

と怒鳴られ、パニックになった私は

「普通は最高だと思う」

と答えてしまい

「馬鹿」

と言われ、母に殴られそうになった。
その瞬間、兄が

「今の事を赤の他人に言って聞かせてもいい?」
「最高話を人に言いふらすよ」

と言ってくれたので母に殴られずに済んだ。
母は

「お前たちは世の中の事を分かっていない」

などとブツブツ言いながら部屋を出て行った。
家に父親は居たが、全くの空気だった。
何を言っても相談しても

「母さんの言う通りにしなさい」
「母さんを怒らせたら駄目だよ」

と言うだけだった。




後年、兄は大学を卒業し就職して家を出た。
母が望む超難関大学に行かなかった兄を母は絶対に許さなかった。

「○○大学に行くのに東京に行くのならまだしも、就職のために東京に行くのは許さない」

と母は怒っていた。
給料が出るまでの間、兄がお金に困ると思った私はお年玉や小遣いを貯めていたのを兄に渡した。
兄は

「ありがとう」

と言ったけれど、お金を受取らなかった。
それでもと言う私と押し問答になって兄は

「じゃ」

と言ってその中から1000円だけ持って行った。
兄はその千円札を今も持っているらしい。

高齢となった母は今もプライドの塊で、内心、すべての人を見下している。
自分が知らない事は、世間でもあまり認められていない事だと信じ込んでいる。

だから、インターネットとはロクでもないもので、そんなものはすぐに廃ると思い込んでいる。
現在、私は母とは完全な絶縁はしていない。完全な音信不通にすると半狂乱になって故郷の友人の実家に押しかけたことがあったから連絡先は教えている。

『東京なんてロクでもない』場所だから母は私の家には来ない。
いろいろ準備をして疎遠にしていくつもりだ。
兄はインフラエンジニアをやっているが母曰く『ロクでもない仕事』だから兄とはほぼ絶縁状態となっている。

そんな母だが、母が担任していたクラスの同窓会が開かれる度に、母は『恩師』として何回も呼ばれている。
故郷の人に聞くと、母は温厚で理解のあるとても良い先生だったらしい。

『私と兄の話は誰も信じないだろうな』

と思い、母が以前

「お前たちは世の中の事を分かっていない」

と言った事を思い出した。