祖母がまだ存命のころ、祖母の住んでいた離れに白装束のお婆さんがよく訪ねてきては泊まっていきました。
お婆さんは、家の前でうすっぺらな太鼓をトントン叩いて自分の来訪を家の者に知らせ、それから離れに招き入れられていたようでした。

そのお婆さんの着物は白装束とはいいながらかなり汚れていて黄ばんでおり、ほとんど襤褸といってもいいような代物で、同じ布地でつくった頭巾を被り、顔面だけをみせていました。
いつも、櫃のようなものを風呂敷に包んで背負っていました。

おばあさんは何だか嫌な臭いがしました。
いわゆるホームレスな人々が発するあの臭さとは違います。
何かかびの生えたような臭いとでも言いましょうか。

私の母は、はっきり口に出すわけではないですが、このお婆さんを乞食か何かのようにみなして、嫌っていたようです。
母はお婆さんが訪ねてきたと知るや祖母を離れから呼び出して、

「仏壇へのお供えは悪いけど、今日はお母さんがやってください」

と言っていました。
離れにある仏壇に毎夕ご飯とお水を備えるのは母の務めでしたが、お婆さんの前に出るのが嫌だったのでしょう、離れには寄りつこうとしませんでした。

小学校にも上がらない子どもだった私は、お婆さんの普通でない格好や臭い、狼に似たその顔が嫌でたまらなかったのですが、お婆さんが訪ねてくると、決まって祖母は私を離れに連れて行き、私をお婆さんに会わせました。
お婆さんは私をじろじろ見ますが、私は怖いので目を閉じたり、そっぽを向いていました。

お婆さんはそのうち例の太鼓を取り出して小さなばちでトントン叩きながら、しわがれた声で呪文のようなものを唱え始めます。
あれは今思うとお経でした。

が、いつもお寺で聞いていたお経とは違って聞こえたものでした。
呪文が終わると、祖母とお婆さんの間で茶飲み話が始まるので、私はいつもその隙に祖母の離れから抜け出すのが常でした。




いちど、祖母とお婆さんと同じ部屋に一緒に泊まったことがあります。
どうしてそういうことになったのかはわかりません。

仏間の隣にある祖母の寝室に布団を枕を三つ並べて、祖母を右、お婆さんを左に、私は真ん中の布団に寝せられました。
夜中に私は怖い夢を見て起きてしまい、父母のいる母屋に戻りたいと思って祖母をおこしました。

隣の布団にお婆さんが寝ているのが怖くて、半ベソ状態だったと思います。
祖母はどう勘違いしたのか私の具合が悪くなったと思って、お婆さんを起こして相談しました。
するとお婆さんは

「あの水をやれ」

と言います。
祖母は茶碗一杯の水を持ってきて私に飲ませましたが、その茶碗はいつも母が仏壇にお供えするときの茶碗でした。

水は苦くて、ひどい味だったので、私は思わず吐き出しました。
怖くて心細い思いをしているところに、いきなりそのようなわけの分からないものを飲まされたので、私は本式に大声で泣き出してしまいました。

その泣き声が母屋に届いたものらしくて、母が血相を変えて祖母の寝室に入ってきて、こんなことは二度とさせないとか何とか、もの凄い剣幕でどなりながら私を母屋の方に連れ去りました。
母の様子があまりに激しいので、私は安心するどころか、かえって怖い思いが増したのを覚えています。

その晩以来、お婆さんが訪ねてきても私は離れに呼び出されることはなくなりましたが、半年に一度くらいの割で、お
婆さんの太鼓の音が外から響いてくると、またお婆さんが泊まりにきたなと、ひどく嫌な気分になりました。