個人的に後味が悪かった実話。

もう10年以上も前に、ある地方都市に2年間赴任することになった。
新しい営業所の準備作業だったんで、勤務中は基本的に一人きり。
もう寂しくて寂しくて、仕事が終わると毎日飲み屋だのスナックだのを飲み歩くのが唯一の楽しみだったんだ。

で、半年もしないうちに行きつけの飲み屋ができた。
おかみさんと店主だけでやってる、カウンター4席テーブル2卓の小さい店。

この店には、名物常連客がいた。
常連と言っていいのかどうかはわからんが…
簡単に言うと、なりきりお爺ちゃんなんだ。
来るとしたら月の最終土曜日。

ある時は引退した画家、またある時は売れない詩人、別の時はマグロ船の乗組員、とにかく『ちょっと気になる過去』の設定で爺さんはその店に来る。
服装なんかも、微妙にそれっぽいものをチョイスしてる感じだったな。

向こうから話しかけて来たりはしないんだけど、話しかけられると、自然な流れで色んな『体験談』とか雑学とかを教えてくれる。
引き込まれるし、話も上手だった。
元は、店の近所というか隣町というか微妙な地域で自営業を営んでいた老人らしい。

近所の評判でも虚言癖があるような噂はなくて、実直でまじめな人って評判の。
店主やおかみさんや他の常連さんも楽しみにしてるみたいだったし、最初はびっくりしたけど、アシモフのユニオンクラブものに出てくるグリズウォルドから毒を抜いたようなキャラクターに、なんとなく自分も好感を持った。




弁護士とか警察官とかそういうモノにはならなかったし、特にお金持ち設定にして他人を見下すようなこともなかったから、害もなかったし。
設定は嘘なわけだけども、雑学とか豆知識とかはホントのことばっかりだったから、頭の回転も知識量も半端ない爺さんだった。
多分。

だから、爺さん自身、バレてないって思ってたわけじゃないと思う。
何きっかけで始めたのかは知らないけど、あくまでも「ごっこ遊び」で、誰かをだますつもりなんかなかったんだろう。

でも最後には、その日で2度目、たまたま爺さんの来店日にかぶっちゃった客に、

「何のつもりだ!前に見た時は犬のブリーダーだって言ってただろう!」
「知ってるぞ!アンタ、××町の金物屋やってたんじゃないか!」

って糾弾されて終わっちゃったんだけどね。

その日は確か、元古本屋の店主って設定だったと思うんだけど。
その客は酒が入ってたのもあって、なんかものすごい怒りようで、下手したら爺さんに殴りかかるんじゃないかってくらいの勢いだった。
実際、爺さんのベストを掴んで席から立たせたりしてたし。
おかみさんが戸口から、近所の交番のおまわりさんを呼んで、

「あのジジイが詐欺だ!あのジジイを逮捕しろ!」

って暴れる客と爺さんは連れられて行った。
自分もなんか醒めちゃって、少ししてから他の常連さんたちと一緒に店を出たんだけど、交番の前を通りかかったら、うなだれて小さく座った爺さんが見えた。
(あの客は見える範囲にはいなかった)

それ以来、その店には爺さんは現れなくなった。
自分もそれから半年くらいして本社に戻ることになったので、どうなったのかは知らない。

誰が悪いわけでもない、ってか、そもそも爺さんが嘘をついていたのが悪いんだけど、なんか、それを受け入れちゃった俺らも悪かったんだとか、でもあれが爺さんの楽しみだったんだから、とか、色々考えて、思い出すたびにモヤモヤする。