私が、小学生の時に体験した話です。
私が生まれたのは東京の高円寺で、幼稚園まで、そこに住んでいました。
小学生に入学するとき、父の転勤で、日本海側の某県の町へ引っ越しました。
(種々の事情から、具体的な県名や町の名前は、書きません。)
その町は、江戸時代からの家並みを残していて、細い道が入り組んでいるのです。
私は、父が借りた古い一軒家から、20分の距離にある小学校へ通学しました。
細い道が入り組んでいるので、毎日、「探検だ」として、いろいろな道を歩きました。
そして、その家を見つけたのです。
古い家並みの中でも、とりわけて古く、ボロボロです。
子供心にも、お化け屋敷じゃないか、と思ったものです。
玄関の柱には、大きく『斎藤』という表札があります。
表札といっても、普通の大きさではありません。
よく、時代劇などで、千葉周作剣道場とかの看板がありますが、あのくらいの大きさです。
壊れかけた家に、アンバランスな大きさの表札、それだけで怖いものがありました。
そうではありますが、怖いもの見たさに、その家の前を通るようになったのです。
そのうち、家の中から、尺八の音が聞こえるようになりました。
私は、勝手に想像しました。
つまり、この荒家には、年老いた白髪の剣の達人が住んでいるのだ、と思ったのです。
ところで、学校とは反対方向に、海の見える公園があります。
少し遠いので、行ったことはありませんでした。
でも、ある日、友達と、そこへ行ったのです。
そして、その老婆を見かけたのです。
背は、私たちくらいです(つまり、大人にしては小さすぎる)。
顔は皺だらけ。
服は、マリー・アントアネットが着るような服です。
何ていうのか分かりませんが、あの時代の舞踏会で着るようなものです。
その服を着た老婆が、海を見ながら、笑っているのです。
私は愕然としました。
友達が、言いました。
「おまえ、あの婆さんを知らないのか?」
「うん。誰だ?」
「斎藤の婆さんだよ」
あの老婆が、荒家の中に住んでいて、尺八を吹いているのです……。
どういう人なのか、友達は教えてくれませんでした。
彼女のことを話すのは、タブーになっていたようです。
今から30年も前の体験です。
小学校5年生の時、長崎へ引っ越しました。
それ以来、あの町には行っていません。
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